再会

宇宙世紀0079.09.27
ここは地球の北アメリカ大陸に位置するジオン公国軍の基地である。
その敷地内に建築された、軍の基地とは様相を異なる建物のなかで、三人のジ
オン軍将校がこの土地特産のカリフォルニアワインを片手に、この戦争の行く
末を話しているようだった。
真っ赤なカベルネ・ソーヴィニヨンの注がれたワイングラスを燻らせながら、
一口を口内に流し込みグチュグチュとやり飲み終えた赤い軍服の青年将校が一
枚のチラシを見やりながら彼の前で新しいワインを注ぎ始めているもう一人の
青年将校に話しかける。

「ほう、そんな兵士が居るのか?」

「そうなんだ。私もびっくりさせられたよ。で、会いたいとせがまれてね、別
段断る理由もないし、それならと私達と同行することを許可したわけだ」

赤い軍服の青年将校は、今見ていた【HOLLYWOOD in リン・ミン
メイ】と書かれたチラシを同じソファーに腰掛ける右隣の男に「ほい」と手渡
すと、グラスに残ったワインを一気に飲み干した。

「会ってみたいものだな、その兵士に」

「君のことだから、そう言うと思っていたよ。フッ、呼んではある」

「ぬかりないな」

「たまには君を出し抜きたいとも思っていたんだが、後の仕打ちが怖いのでね。
先に話しておくことにしたよ」

――こいつ、抜け駆けするつもりだったのか。

「はははっは、ガルマらしいな」

そうここは、ジオン公国国王デギン・ソド・ザビの実子その末弟であり地球方
面軍指令ガルマ・ザビ大佐のコテージである。
三人は、どうやら今後の戦況についての話ではなく、先程赤い軍服の青年将校
が手にしていたチラシの話題のようだった。
他の軍人達が職務を遂行しているにも拘らず、この三人は昼間から酒を煽りお
遊びの話に夢中のようである不謹慎極まりないが、他の知る由もない。
遊び?
この度この地で行われる【リン・ミンメイ】なるアイドル歌手のコンサートの
ことである。

そうこうしている内に、テーブルのインターホンが鳴った。

『プルルルルル』

ガルマは受話器を手に取ると、彼らに笑みを投げかけ右手のそれを持ち上げて、
来る訪問者のことだとでもいうような素振りをしてみせた。

「なんだ?」

ガルマが受話器の相手に訊いた。

『スピカ少尉が、来ておりますが? どういたしましょう?』

このコテージの受付嬢の清楚な声が訪問者の到着をガルマに告げた。

「ああ、通せ」

そう言って受話器を戻しながら

「さあ、客人のお出ましだ」

ガルマはニヤっと笑みをこぼした。

二人の将校はガルマの不敵な笑いの意味がわからないでいる様だった。

『カンカン』

とガルマからは正面になるゴシック調にデザインされた木製ドアをノックする
音が聞こえた。

「入れ」

ガルマがインターホンの外部スピーカーのボタンを押しつつ返答した。
ドアが開けられると客人は自分を証した。

「スピカです。失礼します」

ドアが自動的に閉まり、正面のガルマに一礼をして、その訪問者スピカなる人
物は三人のジオン軍将校が腰掛けるソファーの側に歩み寄った。
ガルマ以外の二人は、初対面である訪問者の声色を背中越しに聴き、正面に来
た時、少し驚いた。
室内に登場したのは、ジオン軍服に身を包んだそれには到底似つかわしくない
少女だった。しかもその身なりは一般兵士の着るそのものではなく将校クラス
に許されたマントを羽織っていた。マントの表に描かれた模様は尉官クラスに
あたる物で少尉を意味するものであることがうかがわれた。
ガルマの不敵な笑みはこれを意図していたのである。
思ったことをすぐ口にする癖のある赤い軍服の青年将校は窮屈そうな詰襟軍服
の胸元を開きながら口火を切った。

「うん? こんな少女が、軍隊に? しかも少尉殿とは驚きだな」

「はっ、申し訳御座いません」

スピカは物怖じせずに、ガルマの前のソファーに深々と踏ん反り返った赤い軍
服の青年将校に一礼をし返答した。

ガルマはしてやったり顔で話す。

「ははは、少女といっても立派な軍人に変わりはないよ。びっくりしたかい?」

「……。ああ、ここまで、我が軍は人手不足なのかな?」

スピカは、赤い軍服の青年将校の嫌味に、顔色一つ変えない。

――肝の据わった娘だな。

青年将校は彼女の凛とした表情の大きな瞳に視線を合わせた。
スピカは物怖じせずに、再び、室内にも関わらずサングラスを付け、踏ん反り
返り足を組み直した赤い軍服の青年将校に一礼をした。

「スピカ少尉、掛けたまえ」

「ハッ、失礼致します」

ガルマに言われ、スピカはガルマ大佐とその前方の青年将校そして彼の右に腰
を落ち着かせているもう一人の将校に再び一礼するとガルマの左に座る形とな
った。

「紹介しておこう。これが我らのアイドル、ミンメイ嬢の友人スピカ・スカイ
ユ少尉だ」

「始めまして。スピカ・スカイユ少尉であります。以後お見知り置きを」

「そして、こちらが私の親友のシャア・アズナブル少佐だ」

「始めまして、スピカ少尉」

「そして、彼の部下であるドレン・クロイツナッハ中尉だ」

「ドレン・クロイツナッハ中尉です。宜しく」

スピカは再び一礼をした。
ここまではなんら変わりもない、通常の挨拶である。

「では、スピカ少尉。君の友人の話でもしてくれるかい?」

「はい、ガルマ大佐」

「ああ頼む、私達は大のミンメイファンなんだよ。恥ずかしながら大人気ない
とは思っている」

「いえ、そんなことは思ったりしません。むしろ自分としましても友人がここ
まで有名になったことを誇りに思います。」

「そう言ってもらえると、なあ、シャア」

「そうだな」

三人は、そろって頬をポリポリ掻くと、照れくさそうに笑った。
スピカと三人は時間も忘れそうなほど語らいあった。

「そろそろ、時間だな」

ガルマは今日の本題である行動を開始するべく、壁時計を見ながら盛り上がる
スピカとミンメイの話題に終止符を打った。
今日の本題とは、今からガルマ、シャア、ドレン、スピカの四人でリン・ミン
メイ嬢を訪問することにある。

四人はハイカーで、ここから30km程離れた空軍基地に向かった。宇宙規模
の有名人である【リン・ミンメイ嬢】の安全確保の為に彼女の関係者達はガル
マ大佐の管轄区にある空軍基地に宿舎をかまえているのだった。


だだっ広い空軍基地の中をつまらなさそうに散策している一人の少女が居た。

「なんか、基地って殺風景なのよね。こんな所になんで泊まらなくちゃいけな
いのよ! ハリウッドの高級ホテルに行けると思っていたのに。スイートに泊
まって、地球の美味しいお料理とか、そしてエステとか、もう飽き飽きよ」

少女は一人呟きながら、上空を飛行する一機の戦闘機に右手で狙いを定めて打
ち落とす仕草をした。

「バーン!」

はるか向こうを、その少女を追いかけてきたのか、一人の青年が走りながら何
か叫んでいるようだった。
まもなくして、その青年は少女にたどり着いた。
息を切らしながら申し訳なさそうに少女に話しかけるが、息が乱れて上手く喋
れない様子だった。

「ミ、ミ、ミンメイ。ち、ちょっと、ま、待って、くれよ」

「なによ、着いてこないでよ」

「だ、だって」

「もう、飽き飽きなの」

「ミ、ミンメイ、そんな事言っても軍人さんだってミンメイのことを思って、
守ってくれてるんだから、あんまり無茶を言うなよ」

どうやら青年はアイドル歌手この少女リン・ミンメイのマネージャーのようで
ある。

「もう、五日目よ。いいかげんウンザリなの!」

「明後日からは、リーハーサルとか、いろいろあるから、ハリウッドの街とか
にも行けるからさ、もう少しがまんしてよ」

どうやら暇を持て余している少女を宥めているようだ。

「私は軍のお人形さんじゃないんだから!」

少女リン・ミンメイはかなりご機嫌斜めのようである。

そのうちに一台の軍用ジープがミンメイとマネージャーの側に近づいてきた。
ジープから、精悍な顔立ちの長身の男性軍人が歩み寄ってきた。この基地の軍
人のようである。軍人はオールバックに似合うレイバンのサングラスを外しな
がら二人に話しかける。

「また、癇癪持ちのわがまま娘、発動かい? ミンメイさん」

「あ、グッドマン少佐、すみません」

マネージャーが申し訳なさそうに、軍人に謝った。

「フン!」

とミンメイはそっぽを向いた。

「ミンメイさん、あまりマネージャーさんを困らせてはいけないよ」

「すみません、グッドマン少佐」

とマネージャーの平謝りは続く。

その軍人グッドマン少佐は言葉を繋ぐ。

「まあ、みんな君の安全を思ってのことなんだよ。今ジオンと連邦は戦争をし
ているんだ。君は世界中のアイドルなんだ、地球にもたくさんのファンがいる。
しかしね、中にはジオンの歌姫としての君を快く思わない者達もいるんだよ、
それは解っているだろう?しかもここはガルマ・ザビ大佐の制圧圏内、一番危
険な土地なんだ。」

ミンメイを宥めるように話しかけるが、ミンメイは目も会わせずにそっぽを向
いたまま返事をする。

「わかってます!」

「ミンメイさん。なら、もう少しがまんしてくれないものかな?」

マネージャーもミンメイに手を合わせながら言う。

「ね、ミンメイ」

「もうわかったわよ! 一人にしてよ! 基地の中なら安全なんでしょ!」

「ミンメイ」

グッドマン少佐は、胸ポケットからタバコを取り出し口に咥えるとニコッと笑
いながらミンメイに話しかける。

「まあ、でも少しは良い話もあるのだよ」

「えっ?」

ミンメイは興味を注がれたようすでグッドマン少佐の方に振り返った。

「たしかに窮屈ではあるが、護衛付だが、今日から外に出してあげられそうな
んだよ」

「えっ、本当なんですか?」

「ああ」

マネージャーも聞き返す。

「グッドマン少佐、本当ですか?」

「ああ、ガルマ大佐の計らいでね。まあ、その詳細のすべてを聴かされたわけ
ではないので、今は何とも言えないが、今日こちらにガルマ大佐が直々に御目
見えになるらしい。もう少し気を落ち着かせて待っていてくれないかね?」

ミンメイに見る見るうちに笑顔が蘇ってきたようだ。

「何時くらいなんですか?」

「後一時間もすれば、来られるそうだ」

「じゃあ、お化粧して待ってないといけないじゃない、早く言ってよ」

「ついさっき、連絡を受けたばかりなんだよ」

「良かったね、ミンメイ」

「うん」

「じゃあ、私、宿舎に戻るね」

「ああ、後で僕も行くよ」

無邪気さを取り戻したミンメイは足早に宿舎の方に向かっていった。

「はははは、まだ子供だな」

「グッドマン少佐、ありがとう御座います。しかし大丈夫でしょうか?」

「ああ、それ程心配する必要はないと思うがね。ここは我らジオンの制圧地域
だ、さほど心配する必要はないな。少し大袈裟な感はあるがね。軍の情報部の
老婆心てやつかな」

小さくなっていくミンメイを見守るように二人の男は、10月1日に行われる
コンサートが無事終焉する事を祈るのだった。

空軍基地のレストハウスからは、この基地をほぼ見渡せる事が出来る。最上階
に位置する場所に設けられているからである。かなりの数の戦闘機やら人型戦
闘兵器のモビルスーツやらが所狭しと稼動しているのをリン・ミンメイは頬杖
を付ながらつまらなさそうに眺めていた。
腕時計を見ながら溜息を付いた
。この基地に来てからの初めての楽しい出来事が
待っているのではあるが、予定の時間を1時間は過ぎていた。この間に数人の
軍人にサインや握手を求められたが、今現在このレストルームにはミンメイと
マネージャーの二人しか居ない。
暇を持て余していた。

「遅いな」

「何か、遅れてるみたいだね」

マネージャーも溜息を付いた。

テーブルの上のミンメイが飲んでいたコーラも今はなくそれを冷やしていた
氷はすべて溶けて水になっている。
時折、レストルームの自動ドアが開くのを見やるがレストルームの調理係り関
係者の出入りで、お待ちかねの相手ではないのにガッカリする。
お待ちかねの相手はあのザビ家の御曹司ガルマ・ザビである。
サイド3出身者なら知らない者などいない。

「ちょっと、お化粧直しに行ってくる」

「ああ」

ミンメイは肩を落としながら化粧室に向かった。

司令室には、ガルマ大佐以下三人の姿があった。
グッドマン少佐との挨拶を終えたガルマはスピカに先に行くように指示する。

「スピカ少尉、ミンメイの所に先に行ってあげなさい。私達は少し話しがある」

「はい、わかりました」

グッドマン少佐はそれに付け加える。

「ミンメイさんは、この建物の最上階のレストルームに居るよ」

「はい、では」

スピカは久々に会う親友の事を思うと自然に笑みがこぼれる。
見て取れるスピカの喜びように、ガルマ達は微笑ましさを感じるのだった。

スピカはエレベーターを下りると大きく深呼吸して、レストルームへの通路を
足早に急いだ。

『ウィーン』

レストルームの扉が開いた。
レストルームの総ガラス窓から眩しい位に西日が差し込みその向こうをジオン
公国軍の戦闘機ドップが横切った。
再び深呼吸をしてレストルームに足を踏み入れたが誰も居ない。
辺りを見回すが同じである。
西日を受けながら広いレストルームを窓際まで一人歩いていく。レストルーム
は静寂そのものでスピカの靴音だけが響いている。
ふと見ると、テーブルの一つに片付け忘れたのか、グラスが一つあるのに気づ
いた。スピカは歩み寄り氷の溶けきったグラスの周りについた水滴を指先でそ
っと撫でてみた。
刹那、誰かがスピカの名を呼んだ。

「スピカ?」

スピカは声のする方に振り返った。
黄昏色のレストルームに、西日に照らされたミンメイがまるで光り輝く女神の
ように立っている。

「ミンメイ」

また、スピカも同じく光の中で輝きながら。

「スピカ、スピカなの?」

「ああ、ミンメイ、ボクだよ」

「スピカ? スピカなの?」

「久し振りだね」

「うそ〜、スピカなの。スピカー!」

抱擁しあう二人。まるで恋人同士のように。
どれくらいの時間が経ったのだろうか、レストルームに戻ってきたマネージャ
ーは、未だ抱き合う二人をみて、呟く。

「きれいだな」

二人の再会は、レストルームに設置されてあったカメラにも撮られている。
この映像は今ガルマ達のいる司令室の大型モニターにも映し出されていた。
でばがめ根性丸出しのむさくるしい軍人達がモニターをレストルームのミンメ
イを見るべくして切り替えたところだった。
まるで映画のワンシーンのごとく、二人の美少女が金色に輝きながら映ってい
た。
赤い軍服の青年将校シャア・アズナブルは呟いた。

「美しい」

それは、彼だけが思った感情ではなかった。この司令室にいる誰もが人として
の温もりを戦場のなかで感じられる瞬間であった。
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