Photograph of Memories

昼時のホテルの一室にて、恋人同士にしては到底似つかわしくない男女二人が
愛の破局話でもしているのか大きな声でもめている様だった。
そこへ仲裁にでもやってきたのか別の女がその男を宥めているようだった。
その女も男とは不釣合いな年の若い美少女だった。
名はリン・ミンメイという。
その美少女はしょぼくれた男性軍人将校ドレン・クロイツナッハ中尉と押し問
答を繰り広げていた自分と歳の変わらない女とを引き離すと彼を自室の部屋の
奥に招き入れた。
派手なアロハシャツに身を包んだ男は、肩を落としながらミンメイの横に並ぶ
美少女スピカ・スカイユに両手を合わせて頭を下げていた。

「…………」

ミンメイはスピカを宥めている。

「もういいじゃない。許してあげたらスピカ」

「ミンメイ、僕は許さない!」

「ドレン中尉だって、わざとじゃないんだから、ね」

「わかってるけど〜。う〜ん。……ドレン! 胸さわっただろ!」

ミンメイの仲裁などお構いなしにスピカはドレンに食って掛かった。

「すいません」

その男、ドレンはただ謝るしかなかった。

「もう、いいじゃないスピカ」

「あ〜! わかった、わかったよ。許してやるよ」

渋々スピカはミンメイの言葉に従ったようだ。
二人の美少女は幼馴染である。
ドレンとは昨日知り合ったばかりらしい。
言い争いの原因は彼女達の部屋を訪れたドレンが躓いて、スピカを押し倒した
ようだった。

「ドレン中尉さん、お茶でも煎れるわね」

「ミンメイ、そんなことしなくてもいいよ」

「でも、呼んだのは私達なんだから」

「それはそれ、これはこれだよ」

「でもでも。ね」

ミンメイはまだ怒り冷めやらぬスピカを再度宥めた。

「あっ、そうだ、ワインなんて飲みますか? ドレン中尉?」

ミンメイは言いながら冷蔵庫からワインのボトルを取り出した。

「スピカ、グラス出して」

「はいはい」

ドレンは恐縮がりながらもミンメイからワインのボトルを受け取るといっぱし
のバーテン気取りでボトルを右手から左手へと空で2回転させた。

「すご〜い」

「フン!」 

ミンメイの歓喜をよそにスピカは鼻で笑った。
しかしながらドレンはご満悦である。
立ち直りが早いドレン・クロイツナッハである
だが、三人分のグラスをスピカがテーブルに置いた瞬間。
アクシデントは起きた。
ドレンがワインボトルの栓、ボトルストッパーに手をかけた瞬間だった。

――ポン!

小気味良い音と共に、勢いよろしく、その中の液体がミンメイめがけて飛び出
した。

「おわっ!」

ボトルストッパーは天井に跳ね返り床に転げた。
しかしボトルの中の液体は、驚いたドレンがミンメイの居る方向にボトルを傾
けた為に、ミンメイはシャンパンなる液体を頭からかぶってしまった。

「キャー!」

止まる事を知らない液体はミンメイの体を濡らし続けそこからテーブルに流れ
落ちるとボトルの中身が無くなったのかようやく止まった。
ドレスもびしょ濡れになった。

「やだ〜、ちょっと、びしょびしょじゃない!」

「ゲゲ! すまんすまん」

ワインだと思ったその中身はシャンパンだったのである。
昨夜、スピカとミンメイは寝酒にと、このシャンパンを開けたのだが、飲みき
れずに備え付けのボトルストッパーにて詮をしていたのだ。
ボトルに貼られたラベルを確認しなかったドレンも悪いが、最初にワインだと
言ったミンメイにも非がある。

「なにやってんだよ! 馬鹿ドレン!」

スピカが追い討ちをかけるように怒鳴った。

「……すいません」

「あっ、大丈夫ですよ」

「もう〜、なにやってんだよ」

ミンメイは二人に気遣いながら、丁度テーブルの上に会ったバスタオルで顔を
拭った。

「着替えがあるから良かったわ。ねえ、スピカ」

「なにが? 良くないよ!」

「着替えてくるから、写真、撮ってもらおうよ」

「あ、うん」

「じゃあ、ちょっと待ってて」

そう云うとミンメイは部屋の奥にあるクローゼットルームに身を隠した。

「馬鹿ドレ〜ン!」

スピカは呆れてそれ以上言うのを辞めた。
残された二人は、スピカが煎れた紅茶を飲みながらミンメイが来るのを待った。
しばらくして、濡らされたドレスそれに良く似た赤いチャイナドレスに身を包
んだミンメイが現れた。

「おお、二着あるのか、さすがはアイドルだな」

「感心してんじゃないよ、そもそもドレン、あんたが悪いんだからね。ワイン
かそうでないか、おっさんなら勉強しとけよ。もっと反省しろよ、バカ」

スピカは念押しにドレンに説教じみた罵声を浴びせた。

「いいよ、スピカ。ちょっと言い過ぎ、スピカ」

「いいんだよミンメイ、これくらいで」

「ほんま、すいません」

恐縮ドレンである。

「これでいいわね」

ミンメイが言った。

「およ? 一緒の服じゃないのか?」

男とは鈍感なものである。

「判んないのかよ? 少〜し違うの?」

「えっ? えっ?」

「ダメだ、こりゃ」

「アハハ、そんなの判るわけないじゃない」

たしかに一見すると区別はしにくい。

「ミンメイ、さっきのドレスある」

「うん」

「持ってきて」

スピカはミンメイの傍らに立って、びしょ濡れになったドレスを自分の体の前
で羽織るようにしてみせた。

「ああ〜模様がちょっと違うのか」

「そっ、ステッチがないだろ、こっちは。僕のドレスもここのところにないだ
ろ」

スピカは自分のドレスのスカートの切れ目をひらりと持ち上げてみせた。
艶めかしい太腿とショーツが少し見えた。

「僕のドレスと合わせてたのに」

スピカは少し膨れ面をした。
二人で衣装を合わせるのに時間が掛かったこと、そのこだわりが伺えた。

「そうだな」

しかし、男のドレンには解る筈もなかった。ただニヤケていたのみで生返事し
ただけである。

「バカ! ドレンのバカバカ、バカドレン!」

スピカの言葉にミンメイは可笑しくて噴出した。
三人に少し和んだ空気が流れた。
カメラを構えるドレンの前には、二人の美少女がいる。
ファインダーに映る二人は、とても美しい。
ミンメイは宇宙一のアイドル歌手、当然至極のことだがスピカも彼女に劣らず
美少女である。
カメラの前の被写体になればこそだが、なおさらその美しさを実感できること
が出来るのだろう。
ドレンは幸せを感じられずにはいられなかった。
いや感動した。
ソファーに横たわるようにしてスピカはにっこりしてみせた。
ミンメイはソファーの後側に立った。
まるで主役はスピカに思えた。
しかしながら、良いバランスであった。
ミンメイの輝きがあればこそ、この構図はスピカの美しさを倍増させたしミン
メイは当然の如く女神さながらである。
こうして写真を撮り終えたドレンは当初の仕事を全うしたのだった。
余談ではあるが、この写真が後に引き伸ばされドレンの宝物になり、愛艦であ
るジオン公国宇宙軍ムサイ級軽巡洋艦の艦橋に飾られていたのは云うまでもな
い。
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