薔薇に抱かれ

あらすじ

宇宙世紀0083
秘密組織【レイディアントMOA】と旧ジオン公国軍残党から構成される武装
組織の地球降下作戦が開始された。
ブライキン中尉と共に参加したスピカ・スカイユ。
その作戦目的は未だ地球の北アメリカ大陸にあるという【モヨケイツーの剣】
奪回作戦にあった。
ブライキン中尉をリーダーとする部隊は、宇宙で行われる地球連邦軍の観艦式
襲撃事件(星の屑作戦)を機に地球に降下を開始する。
地球連邦軍の軌道艦隊と交戦するもなんとか無事に地球の北米地域に降下する。
しかし、スピカから過去(UC0079)の【ルティナ小隊】の作戦について
の真実を聞かされたブライキンは未だモヨケイツーの剣が極東地域【ニホン】
にあることを知らされた。
ブライキンの部隊は地球で暗躍する残存ジオン軍の力を借りて【ニホン】にあ
る島【シコク島】への上陸を試みる。
シコク島は、島全体が常にミノフスキー粒子が濃厚で、連邦政府から危険地域
に指定され隔離された場所である。
連邦軍の攻撃もなくユーコン級潜水艦により海岸からその島に潜入したブライ
キン達は、渓谷づたいに目的の場所【ツルギ山】を目指す。
本土の駐留軍は、地球連邦軍の司令官である実父エルナト・スカイユであった。
彼の管轄地域であり、しかも妹アシメクもモビルスーツパイロットとしてそこ
に居た。
部外者による島の潜入を察知した連邦軍はすぐさま偵察に向かう。
地上においての交戦、ガイ・エイス達が乗る4機のガンダムとアシメクのガン
ダムがスピカ達を襲う。
スピカの操るニュータイプ専用MS【ファレノプシス】とアシメクの意思とシ
ンクロしたNT専用【ガンダム】が激しく交戦する。
そしてガイ・エイスの放ったビームライフルの閃光がファレノプシスを捕らえ
た刹那、スピカを庇ったブライキン中尉のガルバルディは撃墜されてしまう。
そこに猛進するアスメクの機体!
交戦しつつもアスメクを説得する最中、父エルナト自らが放ったメガ粒子砲に
よってアスメクはその身を空に散らすことになる。
スピカは悲しみに打ちひしがれる間もなく、ガンダムと対峙する。
連邦軍のMSを倒しきったスピカ達は、なんとか基地内部に辿り着いた。
そして、スピカ達は連邦軍将校ナスカン中佐の導きによってモヨケイツーの真
実を知らされる。
モヨケイツーの剣とは、旧世紀に月に設けられた、地球を直接攻撃できる大量
破壊兵器であった。
しかもその兵器を作動させる鍵がニュータイプ理論に則ったシステムであり、
この場所にある装置のみが唯一、兵器を起動させられる。
そして作動させる事のできるモヨケイツーの鍵とは、スピカとアシメク二人の
バイオメトリクスを必要とすること。
しかもニュータイプとして認知された実の母マリア・スカイユが関係している
ことだった。
もはやなすすべもないスピカ達の前に現れたのは父エルナト、彼からもまた真
実を告げられる。
月に眠る母のことを。
スピカ達に脱出を促すナスカン中佐。
しかし、彼を銃弾が襲う。
なんと撃ったのは父エルナトだった。
そしてスピカに向けられた銃口。
戸惑うスピカ、その窮地に現れたのは、撃墜された筈のブライキンであった。

第一章『ミッション』


宇宙世紀元年から始まった、地球圏の統治を担う地球連邦政府は増加し続ける
人口とそれによって破壊の一途を続ける自然環境の問題を打開するべく、宇宙
への移民を開始した。しかし、地球の人口の約90%が宇宙に浮く居住スペー
ス「スペース・コロニー」群に移住したことを確認すると、その政策を終了、
半強制的に移住させられた中流階級以下の者たちを尻目に上流階級者達は地球
に居座り続け、地球から宇宙の人々を統治する形をとった。まもなくして過酷
な条件を強いられて生き続けなければならない宇宙の人々は、快適に暮らす地
球人からの政治管理体制に不満を抱き、コロニーの独立主権を要望した。が、
それは認められなかった。しかし人の思想を抑えることは出来ず、思想家ジオ
ン・ズム・ダイクンによる、「母なる地球を自然に帰し、人のすべては宇宙に
住むべき」の気運が高まり始める、やがて各コロニーでそれを掲げての暴動が
始まる。それに脅威を感じた地球連邦政府は、治安維持と称し軍事力による威
嚇をもって、その思想「コントリズム」を排除し始めた。しかし宇宙世紀00
79年、コロニー群の一つサイド3はザビ家一党による王制軍事国家「ジオン
公国」を名乗り、地球連邦政府にたいして独立戦争を挑んだのである。だが、
一年に亘る戦争の結果、ジオン公国は敗れた。そして再び、宇宙で住む人々は
さらなる過酷な人生を歩まされることになる。


宇宙世紀(UC)0083年、7月28日、終戦後ジオン共和国と改名された
月の裏側に位置するサイド3の21番地コロニー内に暗躍する組織の黒い影が、
今まさに噴火でもする山の如くこの宇宙に地響きを立てようとしていた。
人間の罪深い業は繰り返される。
ここは地球の自然とは違い、人工の大地に一定の間隔で植えられた針葉樹林の
生い茂る森の中。地球の欧州地域に佇む古の神殿を思わせる人工建造物の中に、
これから行われようとしている血塗られた作戦に参加しようとしている数人の
男や女達が分厚い大理石で作られた長いテーブルを囲んで着座していた。各々
の身なりに統一感はなく個々に様々である。彼らはこの空間に身を沈めてもう
かれこれ5時間は過ぎただろうか。
そこに黒い皮のジャケットを脱ぎながら、くわえ煙草のまま不機嫌そうに聞き
覚えのない見知らぬ者の名前をつぶやく男の姿があった。首からぶらさげたシ
ルバーの太いチェーンに大きな十字架を模ったそれがキラッと厭らしく光った。

「スピカ・スカイユ少尉……」

唇の動きに上下して、くわえ煙草の灰が、足を組んだ男の黒い皮パンツの上に
落ちた。それを右手でサッと床に掃き捨てる動作をする。それは、赤茶色の豪
華に作られた絨毯には落ちずに足元を舞っていくが、隣に腰掛けていた女性の
タイトスカートから覗く艶かしいストッキングに包まれた美しい膝を汚そうと
もするかのようだった。その男の無骨な態度に彼女は、キッとひと睨みをする
が、戦時中に軍の荒くれ部隊、正式名称「ケルベロス隊」の隊長を務めた無頼
な男は、そんな彼女の態度もお構いなしに、端整な顔立ちに似合うロングヘア
ーの黒髪美女、その彼女が胸元で手にしている、『スピカ・スカイユ少尉』と
名前が書かれたファイルに、ヤニ臭い顔を覗き込ませた。胸元の少し開いたブ
ラウスから覗く豊満な乳房の谷間にチラッと目を走らせた後、男はその名の人
物があまりにも若い年齢の女だと確認すると、眉をしかめて言葉を発した。

「ちえっ、こんなションベンくせぇガキに任せられんのかよ? 俺は子守なん
て嫌だぜ」

そうブライキン・ブリッツィンガー、元ジオン公国軍中尉は毒舌を吐いた。

「あなたのパートナーでしょ!」

黒髪の女性が先程のブライキンの無節操な行動を回避する為に引いていた身を
起こしながら叱咤した。

「はいはい。どうせならお前の方がいいけどな」

ブライキンは眼で犯すように視線を彼女の瞳から胸元そして太腿に移しながら
厭らしい笑みをこぼした。

「なあ、チェス、いいだろう」

「冗談じゃない、私はお断りします」

「ヘヘ! ヘヘッ!」

「ブライキン、あなたは何を考えているの」

「そんな事、ここで言うのかよ」

ブライキンの目は笑っている。

「……! 呆れた人ね」

「ハハハ、無駄ですよ。チェスさん。こいつはイカレてるんですよ」

「うるせぇ! ほっとけ!」

「やめないか、中尉。少しは真面目に聞いたらどうだ。皆、疲れているんだぞ」

初老の男は、猛禽類のような鋭い眼光をブライキンに浴びせ掛けた。見るから
に威厳がある。

「俺はいつでもマジだぜ」

「なら、尚更! よさないか!」

ブライキンは初老と目を合わすのが苦手らしい、自分より上座に位置する青年
を見ながら吼える。

「だから言ってんだろ! スピカだぁ〜、ここに居ない奴なんて知るかよ!」

「それを今から話し合うのでしょ」

「だいたいな! 地球に降りるのは俺なんだぞ! メンバーだって聞かされて
ねえんだ! それぐらい俺が決めたっていいじゃねえか!……」

「あなたの部隊の事は、それ程重要なのよ」

チェスが場の雰囲気を察して、ブライキンを宥めるように言った。

「クソッたれ!」

「解ったか、中尉」

「……へいへい」

まだまだ言い足りなさそうではあるが、初老の言葉にしぶしぶ従ったようであ
る。
なんと稚拙な会話のやりとりだろう。疲れきった身体には応える。苛立ってい
るのはブライキンだけではないのだ。同席の数人は溜息を吐くしかなかった。
しかし、そんな会話を気にすることなく、上座に位置した、腰までのびた銀色
の髪が美しい青年は、自分の持つそのファイルに、彼独特の静かな瞳を落とし
ていった。彼は瞳をファイルからは離さずに無骨な男、ブライキン・ブリッツ
インガーに声をかけた。

「彼女の事を知らないからそう言えるのですよ、ブライキン」

なんと丁寧で深みのあるゆっくりとした口調だろうか。ブライキンには苦手な
タイプだろう。銀髪の青年はやさしくそう言うと、自分の隣にいる清楚なダー
クグレーのスーツに身を包んだ、秘書官らしき女性に左手を差し出した。彼女
は静かに頷くと、頑丈そうに出来たアタッシュケースのダイヤル式ロックを回
した。ケースの上部、取手の右横についているダイオードが赤から緑に変わる。
その下にカードの挿入口がある。彼は、一枚のカードを女性に渡した。その挿
入口にカードを差し込むとカシッと音をたててアタッシュケースは開いた。そ
の中には重要な書類やディスクがきれいに整頓されて収まっている。その中か
ら一枚のディスクを取り出した。「FILE−No.52」それをこのテーブ
ルにいる者達の前に設置されたモニターが一筋、光を放った後、重々しい文字
を映し出していった。

≪ジオン公国突撃機動軍/機動兵器総括報告第52号/宛:突撃機動軍指令キ
シリア・ザビ少将/第三期主力MS開発及び新資質人材対応兵器の試験開発の
経過報告≫

それは、一年戦争末期、突撃機動軍司令部によって作成された。前線の部隊や
諜報機関・研究機関からの報告をまとめたものだった。

「第三期……」

「……?」

第二期ならいざ知らず第三期とは聞き覚えがない。先の大戦(一年戦争)では
第二期と称されるのが筋であるからだ。
同席の者は皆、目を見張った。

「これは、お解りの通り、ア・バオア・クーに向かわれる、キシリア閣下に送
られる筈の物だったらしいのです。これ以外にもかなりのレポートがあったと
聞きます。実は大抵のファイルは地球連邦軍に押収されました。ですが僅かで
はありますがこれに類似するファイルが私達の下にあります。その中でもどう
やらこれが最も重要な物のようですね」

そう言いながら彼、この席での最高責任者である、銀色に輝く長髪の持ち主レ
イ・ミマは自分の前に設置されてあるキーボードを叩き始めた。
皆のモニターの画面が変わり、そこにスピカ・スカイユ≠ノ関するデータが
映し出された。

≪――スピカ・スカイユ 性別/女 UC0063.10.04出生 サイド
3出身 身体的特徴161cm ……所属・階級/突撃機動軍第二親衛艦隊所
属(伍長)・突撃機動軍第21地球降下部隊(曹長)・地球攻撃軍極東方面軍
特別部隊第03〔ルティナ〕小隊(少尉)・宇宙攻撃軍302哨戒中隊(少尉)
・突撃機動軍遊撃隊α小隊隊長(階級不明)――≫

かなりのデータを見終わった後、ブライキン以下この席にいる者は息を呑んだ。
一番驚かされる点は、こんなにも多い配置転換は過去に聞いたことが無い。
最初に言葉を発したのは、ブライキンだった。

「すげぇな。ソロモンの後の最後はどこの部隊だ。聞いたこともねえな」

「キシリア中将の特務隊じゃないですかね」

同席の男が答えた。

「そりゃそうだろうけど。しかし聞いたことがねえぞ。ア・バオア・クーには
俺も居たんだぜ。しかも、なんて数の撃墜記録だよ。マジかよ……」

短く刈られた頭髪は前髪が目にかかるほど邪魔になるわけではないが、それを
両手でかきあげながら、ブライキンは自分の撃墜スコアよりはるかに多いその
データが誤報によるミスではないのかと疑った。

「ニュータイプってやつですか?」

ブライキンの怪訝そうな顔を尻目に他の者が確信をついてきた。既にニュータ
イプの概念は、この時分周知のこととなっていた。
レイは皆の視線が自分に向くのと同時に男性とは思えない美しい顔に微笑を浮
かべると静かに頷き、唇を動かした。そこから発せられる言葉という音色も聴
く者達には女性の声のようにも感じられるがしかしそれほどトーンが高いわけ
ではない。

「そうですね、間違いないでしょうね。戦時中キシリア閣下はニュータイプの
研究に熱心だったと聞きますし、それにもともと親衛隊の彼女を様々な部隊に
配属させた点でも、その要素を引き出し、データを取ろうとしていた事は間違
いないと思われますね」

ニュータイプという事実が、ブライキンが懸念する年齢の問題を解決させた。
レイは言葉を繋ぐ。

「しかし、私が彼女を重要視するもう一つの事柄は、極東方面の部隊について
です。既に御存知のとおり、キシリア閣下が、地球に降りてすぐの北アメリカ
方面軍のガルマ大佐にわざわざ、極東方面での特務隊を作らせた。その事実は
軍の情報機関の資料には残っていました。この部隊編成については、ギレン総
帥の勅命を受けていたようですし。ただこの部隊の詳細だけは当時にすべて抹
消されていました。ですがスピカの事柄も合わせると、私たちのアレに関する
情報がほぼ的中していたと考えて間違いないでしょう」

ニュータイプと思われる人物を当時の前線部隊に配属させず、しかも極東のよ
うな辺境の地での特殊任務を行わせる事が何を意味するのか明白である。よほ
ど重要な任務であったに違いない。ここにいる彼らが捜し求めるもの、アレ
すなわちモヨケイツーの剣≠サれがどういったモノなのか誰も知りはしな
い。
人にして人にあらず、物にして物にあらず、されど一度手にすれば未来永劫、
英知と勝利を授けん≠フ存在にである。

「しかし、スピカが宇宙に上がった事実を考慮すると、北アメリカ方面軍指令
ガルマ大佐との関わりを断つことは出来ないでしょう。北米大陸にある基地か
らの、宇宙への打ち上げ、その可能性が有力だとは思いませんか。ならば宇宙
にないアレはそこにあると考えるのが必然でしょう」

その言葉を割るようにして、別の者達がいきり立った。

「極東にではなく、ですか?」

「やはり、北米!」

「北米大陸にあるのでは!」

「生き残りが居たとなれば、我々の思っていたとおりでしたね」

「まさか、北米とはね。でもレイ殿の云うとおりかもしれませんな」

――北米かよ……。

ブライキンには良い思いではない。彼は一年戦争において第二次降下作戦に参
加、特殊部隊を率いての北米での血塗られた戦いの情景が頭の中を走馬灯のよ
うに駆け巡った。ブライキンは一瞬悪寒に襲われたが、テーブルに置かれてあ
るグラスの水を飲み干すと、気を落ち着かせるためかタバコに火をつけ始めた。

元ジオン公国軍諜報機関の女性士官キャミー・フェイサル少尉がレイに問いか
ける。

「北米ねぇ。たしかにガルマちゃんの基地ってことはわかるけど、だからって
そこだって決め付けちゃわないでよね。そりゃ、その線も前からあったけど、
おかしいじゃない。最初に私たちの掴んだ情報じゃ、まだニホンって所にある
んでしょ。それに私が調べた情報でもまだニホンって所にあるらしいし。あの
部隊は〔モヨケイツーの剣〕奪回に失敗して全滅したって、レイだってそう言っ
てたじゃない。だからそれを考えて極東に絞ったんでしょ、その子が生きてた
からって、北米大陸にあるってのは」

「でも、現に生きてんだろうが!」

ブライキンが真向かいに位置するキャミーを睨み付けて、テーブルの中央に飾
られた薔薇の花弁が数枚落ちるほどの勢いで、握りこぶしをそれに叩きつけて
怒鳴った。しかしそれ程怒鳴ることではないのだが、今の彼の心境を知る者は
誰一人としていない。

「えっ?……」

キャミーは一瞬、言葉をのんだが、怒鳴られる理由がない。負けん気の強い彼
女も黙ってはいない。

「生きてるからって、任務が遂行出来たとは限らないじゃない! 当初の予定
では極東だって決め付けて! わたしはね! それなりの手筈もしてきたのよ!
あんたはここでヘラヘラしてたんでしょうけどね!」

「なんだとう!! おまえ!」

「はぁ〜!? なによ!」

「やめなさい、ブライキン」

二人の口論をレイが制した。

「キャミーもやめなさい」

「フンッ!」

と気丈な態度で言いながらもブライキンを睨みつけるその瞳は心なしか潤んで
いた。今は特殊工作員といっても女性である。
ブライキンの態度をいまさら誰がどうこう出来よう。皆は呆れたが、触らぬ神
にタタリなしである。だが彼女の憤怒には皆、同情の念を抱いた。実際キャミ
ーは今日から遡ること二年間、地球と宇宙を何十回と行き来しているのだ。こ
の作戦の為に想像もつかない苦労があっただろう。

「しかしですな、この資料を見る限り、スピカはその後ドズル中将麾下の部隊、
ソロモンに居た事になりますな」

「問題は最後じゃないかしら、彼女はキシリア麾下に戻っているのだし」

「なら、レイ殿、モヨケイツーの剣≠ヘ宇宙にあるのではないでしょうか?」

皆が各々の考えを述べる。

「いえ。アレは宇宙にもないというのが我々の認知するところなのです」

――もし宇宙にアレがあったのならジオンが敗退するはずはないし、今宇宙に
アレがあるならば連邦政府がこれほど強大になれるわけはない。

とレイは思う。
しかしそれは人間の脳が描くビジョン、いわば意識の認知であって、アレは不
明瞭にして不確実な存在なのである。レイが言葉にしてしまえるほど簡単なも
のではない。
この空間に存在する人間にたとえるなら、この部屋の外にはそれを包む鉄とコ
ンクリートの壁がそびえ立ち、人口の大地に育まれた木々がまたそれを覆い隠
す。またそれは宇宙という果てしない広さの闇に浮かぶ円筒形の人工物の中に
隠されている。壮大な空間ではあっても小さな人間は自分の位置を認知させる。
いや意識だけのなかであろうとも認知せざるをえない。しかしアレはそれさえ
も許してくれないらしい。それがこの場にいる者を不安にさせるしかなかった。
〔モヨケイツーの剣〕、当初は極東方面のニホンという小さな島にそれは在る
とされていた。しかし今から三日前、この重大な資料のことが判ったのである。
出所はどうやら連邦軍内の反抗組織からの提供らしい。

――今更どうしろと言うのだ。

レイの弱音である。
この建物の外がコロニーの環境システムにより夜から夜明けの光を生み出して
いる事に、窓のない部屋に居る誰も気付きはしない。そんな余裕さえこの会議
は与えなかった。
議論の結末は北米≠ニだけ解った。
約三年間にも亘る計画が、あのファイルのおかげで水の泡になったのである。
振り出しに戻すには時間がなさすぎた。

「……今回のミッションに関しては、北米への降下が最も有効です。正確な降
下ポイントはミッション開始直後0083年11月10日0000時に通達し
ますが。宜しいですか? 尚――」

レイに代わって秘書官らしい女性が作戦実施要項の書類を淡々と読み上げてい
った。


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