第1話 終焉

宇宙世紀0088.02.22
漆黒の闇の中、戦火に照らされ金色に輝く、四肢をもぎ取られた人型の機体が
地球という惑星を背に、それに抱かれるように、はかなくも美しく漂っていた。

『ザ−……聞こえますか?! ……ザ−……ザ−……!』

ミノフスキー粒子という霧の中、微かな人の声が宇宙空間の無音状態を破ろう
としている。この霧の中では、極度に電波状態が悪く、遠距離においての策敵
レーダーや電子通信機器は無用の長物に等しかった。しかし、それは少しずつ、
理解できる人の言葉となった。

『……聞こえますか?! ……無事ですか?!……』

少女のあどけなさが残る、それでいて真の強さを感じさせる、しっかりとした
女性の声に、その反地球連邦組織エゥーゴ軍の攻撃型モビルスーツMSN−0
0100『百式』のパイロットは、コクピットの中で傷ついた左腕を押さえな
がら、その通信に耳を傾けた。

――イリアか……。

心の中でそう呟くと、出血のせいか薄れゆく意識の中、静かに自分を取り戻し
ていった。通信装置の送信スイッチをONにする。

『イリアか……?』

『シャア! 無事ですか!! ……良かった』

そう、彼こそあのジオン公国軍のシャア・アズナブル大佐である。しかし今は、
反地球連邦組織エゥーゴ軍のクアトロ・バジーナ大尉としてであるが。そして、
何処からともなく現れた真紅のモビルスーツ(以後MS)のパイロット、声の
主だが、イリア・パゾム、彼を捜しに来たアクシズ軍の女性兵士、いや、シャ
アの秘蔵っ子である。
真紅のMSは、左腕で金色のMSの右肩を掴み、向かい合う格好で宇宙に漂う
それを支えている。今、行われている通信は、接触によりMSのボディを介し
ての直接通話、いわゆる【お肌のふれあい会話】である。したがって、二人以
外の耳には届かない。

「私は、大丈夫だ。ここが良くわかったな?」

数十分前まで、クアトロ・バジーナ(エゥーゴ軍)、ハマーン・カーン(アク
シズ軍)、パプティマス・シロッコ(ティターンズ軍)の三つ巴の戦いが行わ
れていた、この場所を。

『シャアの光が見えました。それと、すごく悲しい光、それに……』

――さすがだな。

と、シャアは、彼女のニュータイプとしての素質を感嘆した。

「ああ、わかっている」

ニュータイプにしか解らない嫌な感覚を、二人は共感しているのだ。
今もなお続いているその感覚に。

――シロッコか。

シャアは、そう思い、左腕の痛みを感じながら、唇をギュッと噛んだ。
その間にも、戦火は眩く、幾度となく二機の機体を輝かせる。
グリプス戦役、地球連邦軍がジオン公国軍の残党狩りを名目に、スペース・ノ
イドへの弾圧をかけるべく結成された連邦軍のエリート軍人による先鋭部隊テ
ィターンズ軍、それを阻止するために立ち上がったスペース・ノイドから支援
されるエゥーゴ軍、そこへ地球圏での主権奪回の為、参戦した旧ジオン公国軍
の残党による組織アクシズ軍、それが今行われている、三つ巴の戦争である。
空白の時をシャアが聞く。

「戦況はどうなっている?」

『まだ、わかりません。けれどエゥーゴが勝ちそうです』

「そうか」

『どうします?』

未だ戦闘は続いている。

『アーガマに戻りますか?』

エゥーゴ軍の強襲用巡洋艦アーガマ、クアトロ大尉としては帰還すべき船であ
る。
しかし。

「……いや、私はこのまま、この場を離れよう」

『…………』

数秒の沈黙。彼女は自分の中で、シャアの言葉の意味を理解した。

『わかりました、ここから少し離れた空域にパンドラが待機しています。そこ
まで、連れて行きます。百式はどうします?』

「捨てていくよ。これからのエゥーゴの戦力にでもしてもらえれば、ありがた
い」

事実、四肢は損傷し稼動もままならないが、百式の構造上、修理は容易に可能
なのである。
そう言い終わると、百式のパイロットはリニアシートを勢いよく蹴って、深遠
の宇宙に飛び出した。
真紅のMSはコクピットハッチを開いた。彼女は、リニアシートを離れると、
その傷ついたパイロット、クアトロ・バジーナ、いや、たった今からはシャア
・アズナブルに満面の笑みと慈愛に満ちた両手を胸の前に差し出すのだった。
コクピットの中、数分、二人は戦火を見つめた。
彼女が乗ってきた真紅の機体は、両肩が大きく張り出た羽のようなスラスター
から勢いよく光を放つと、グリプス戦役、エゥーゴ軍とティターンズ軍の最後
の戦いとなる空域、そこから離れるように消えていった。
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