第3話 パンドラの歓喜

アクシズ軍の巡洋艦パンドラの誘導レーザーに導かれ、真紅のMSリゲルグは、
見事なまでの着艦を果たした。
コクピットのハッチが開ききる前にパンドラの兵士達の歓喜が、モビルスーツ
デッキを響かせた。

「大佐、御無事で何よりです!」

無重力のモビルスーツデッキを真っ先にリゲルグのハッチに飛びつき、抱きつ
かんばかりの勢いで迎えたのは、シャアが地球圏に赴く前からの戦友、そして
この艦の全権を握るライル・J・アイスマン艦長である。沈着冷静、眼光する
どき紳士。もともと彼は〔モヨケイツーの剣〕奪回作戦のおり、シャアと共に
地球に降りた隠密作戦の功労者である。

「心配には及びません。この艦の者は全て大佐の味方ですよ。私の部下は、ハ
マーン派に属さなかった者ばかり。まあ、その分面倒ごとも色々ありましたが、
全く持って大丈夫です!」

ライル艦長は自信満々に言ってみせた。
ハマーン派に気づかれるのを懸念している戦友シャアを励まそうとしているの
であろう。
ハマーン・カーン、炎の女とよぶに相応しいアクシズの実質的指導者である。
ジオン公国王家、ザビ家の忘れ形見ミネバ・ラオ・ザビの摂政を努める女将で
ある。
実は、シャアとハマーンとの決裂は、アクシズ内での派閥争いの火種となって
いたのである。それゆえ、シャアの存在しかれば接触は秘密裏に行われなくて
はならなかった。
しかしこの世の中、秘密などあってないようなものである。当然裏切りも。
そのことは、シャア自身が一番理解している。
そしてまた、ハマーンが自分の生存を確信しているに違いないと。

「シャア、大佐はケガをしている! 離れろ!」

そう言ってシャアの後ろからイリアがライル艦長に剣幕を浴びせた。せっかく
の二人きりの時間を裂かれた腹いせだろう。べつに裂かれたわけではないのだ
が。
どうやらイリアは二人の時以外は、大佐と呼称している。軍律は忘れていない
らしい。
ライル艦長は面食らって、放り出された無重力のデッキの中、手足をばたつか
せて泳ぐ格好になった。
シャアがライル艦長に手を貸す。

「ライル、すぐにでもこれからの事を話し合いたい」

少しムスッとしたイリアにも。

「イリアも来い」

とだけ言葉を残し、かるがるとリゲルグのハッチを蹴飛ばし、キャットウォー
クに足を着いた。と同時にただならぬ存在感を感じた。

「……?!」

艦橋へ続く通路へ目をやる。そこには、懐かしい顔があった。
レイ・ミマ。
均整のとれた体格と美しいマスク、腰まで伸ばした銀色の髪はまるで美しいサ
ラブレットの鬣、シャアが、マス家の養子時代に可愛がっていた愛馬を思い出
させる。容姿端麗、神秘的な美青年だ。とても男性には見えない。彼もまた、
〔モヨケイツーの剣〕奪回作戦の功労者である。

「レイも居たのか」

「はい、感じませんでしたか」

落ち着きのある、やさしい口調が疲れを消し去ってくれる。それがこの青年、
レイの神秘さを際だたせる。

「私の感も鈍ったようだ」

レイは、ニコっと微笑を返した。

「それより、医務室に向かいましょう」

「ああ、そうだな」

レイの前では、シャアは素直になれるらしい。それだけ信頼しあえる存在の青
年なのだ。
イリアとライル艦長は、二人の会話にしばし足を止めていたが、レイのやさし
い目配せに答えると、先に艦橋に行く事にした。
そして、シャアとレイも医務室へ向かうのだった。
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