重く閉ざされた会議室の扉よりも、今この部屋の空気は中の者を押し潰さんば
かりに重くのし掛かっていた。
シャア派、旧ジオン派、数人の議論が続く。ライルが言う。
「ハマーンの動きですが、このままいくとアクシズを」
「ああ、早いうちに事を起こすな。ミネバを擁立し、ジオン再興を掲げるだろ
う。私が居ない間にザビ派の者達から担ぎ上げられたのは一目瞭然だが……」
他の者が言う。
「大佐、戦況は間違いなく、エゥーゴの勝利にありますよ。やはりここはアー
ガマに戻るべきではありませんか」
「いや、シャア大佐にはアクシズに戻り、我らを導いてもらわねばな」
「ラカン殿はそう言うが、今この現状でザビ派の馬鹿者共に太刀打ち出来ると
でもお思いか! 大佐はダカールで素性を明かしたのだぞ!」
「だからこそ、よい機会ではないのか」
と浅黒い顔の顎髭をさすりながらドスの利いた声で吐き捨てたのは、みるから
に武骨で大柄の軍事参謀といった男、ラカン・ダカランである。
様々な意見が飛び交う。
シャアは頬杖をつきしばらく考えた後。
「この鑑は、アクシズに戻れ、私と共に居ても埒が明かん。私は月に行く」
「月へ?」
「それ以外に今、私が身を隠す場所はない。それにあそこでないと私の力は届
かん。それに……。例の事もあるしな」
「アナハイムですか?」
「我が社ですね」
スーツ姿のビジネスマン風の男が言う。
アナハイム・エレクトロニクス社(以下AE)月を拠点とし、主にMSの開発
及び生産を担う複業企業体である。そして反地球連邦組織エゥーゴ軍の実質的
スポンサーである。そればかりか、ここには旧ジオン公国のMS開発機関ジオ
ニック社の人間も数多く存在する。それが何を意味するのか、シャアへの絶対
的な協力者である。
「それでは、私共の船で」
「そうだな、善は急げだ。ライル、早々に発つ。それと例の彼にも会わねばな」
そう言われてライルは、ジオン軍服の一人、ステファン・バロックに話しかけ
た。
「手筈は整っているな、早急に連絡を頼む」
バロックは躊躇しながら、シャアの方を見て話し出した。
「お言葉ですが、大佐、それではザビ派のやり方と何ら変わらないのでは?
それに彼の存在には、奴等もうすうす感づいています。そもそもこの計画は、
大佐が考えつき、既にハマーンも熟知している事、アクシズに戻る事を拒否し
た時点で、ハマーンは……」
そう言うとステファン・バロックはうつむき黙った。
「心配する事はないですよ、バロック」
「しかし、レイ様」
「皆さんも御存知とは思いますが、この計画は我々だけで行うものではありま
せん。たしかに極秘裏に、そして確実に遂行されなければいけない。だからこ
そ、今がその時なのです。ハマーン様は、今、アクシズを強固たる物にしよう
と奔走している。だからこそ、この期を逃しては、駄目なのです」
レイは会議の出席者全員の瞳を見回しながら話した。そして最後に一言付け加
えた。
「シャア・アズナブルという男を信じましょう」
皆は一瞬、気押された感じになった。
「まあまあ、そう焦らずとも、おぼこの執政などママゴトで終わりますわい」
白衣を纏った初老が言う。
「オポチュニストが! これだから科学者は好かん」
とラカン・ダカランが言い放った。前言はどうやら元フラナガン機関の科学者
らしい。根っからの軍人と科学者とでは、そりが合わなくて当然である。しか
し、なぜこの軍艦には、AEの人間やら科学者が居るのか。
もともと、シャアはキシリア・ザビの配下に居た時からニュータイプの研究に
は、一役かった人物である。一年戦争終了、キシリア亡き後、容易にそれを自
分の物にしたのだ。シャアがアクシズを離れた後でも、この艦パンドラでは、
ニュータイプに関する研究が行われていた。それゆえ、科学者、そしてニュー
タイプ専用のMS開発の為にAEの関係者が乗艦していた。今回もその実験デ
ータを取るための作戦行動中である。そういった事柄、独自の作戦行動がハマ
ーン・カーンより容認されている。故にシャアを救出することも出来たのであ
る。
一通り議論が終わったのを見計らってシャアが言う。
「とにかく、私は月で彼と会い、時期を見る。〔モヨケイツーの剣〕が私を導
くだろう。それまでアクシズはハマーンの好きにさせておけ」
そう言い終わり、会議室を後にした。誰かの掛け声と共に聞き慣れた三唱がシ
ャアの背中、重く閉ざされた扉の向こうで聞こえるのだった。