第6話 月へ

「大佐の御武運を祈る」

最後にライル・J・アイスマン艦長の言葉を聞いて、シャアはアクシズの巡洋
艦『パンドラ』を後にした。
月へ向かうAEの社章が入った民間輸送船の中で、着座シートをやや寝かし、
シャアはサングラスの中の目を閉じていた。隣にはイリアがいる。

「シャア、眠っているのですか?」

イリアが心配そうに聞く。
そりゃそうだ、先程のパンドラでの作戦会議では、シャアへのバッシングはか
なりのものだった。ようは、シャアが地球圏に行かず、アクシズの政権を握っ
ていれば、ハマーン・カーン(ザビ派)にアクシズをいいように使われること
はなかった。事実それまでは彼シャアの発言は、軍やハマーンは当然のこと、
老公などにはダイクン家の血を継ぐ者として絶大なものだったし、若き兵、民
衆などからは、赤い彗星と異名をとる程の一年戦争のエースパイロット、英雄
である。それが、どんな理由があるにせよアクシズを離れ、ティターンズの抑
止力となるべくエゥーゴを事実上結成し、スペースノイドの意地を見せたまで
は良かった。しかし、アクシズといや、ハマーンと決別する意思をみせたシャ
アは今や裏切り者なのである。
イリアが心配そうにシャアの手を握り、覗き込むように話し掛けた。

「シャア、眠っているのですか? 傷が痛むのですか?」

「いや、考え事をしていた」

サングラスを胸ポケットに滑り込ませながらゆっくりと目を開いた。

「スリープルームで休んでください」

「いや、ここで構わない」

「シャアは、いつも考えているのですね。私は、たくさん、シャアの役にたち
たい……」

「じゅうぶんすぎるよ、イリアは」

これはシャアの本音である。事実これほどまでに共感しあえる者、いやニュー
タイプとしては、彼女は群を抜いていた。

「人に会うって、どんな人なのですか?」

「そうだな、会えば解る。その為にイリアを連れて行くのだから」

イリアは厳しい表情で。

「私には、解るのですか?」

「ああ、解るさ。イリアには」

意味深な台詞にイリアは困惑顔をした。
事実、シャアはイリアのニュータイプとしてのセンスを頼りにしている。会う
人物が危険でないかどうか。
シャアはイリアの不安を飛ばそうと話を変える。

「イリア、月へ着いたら美味しいモノでも食べに行こう、彼に会うのはそれか
らでも遅くはないだろう」

「はい! 嬉しい」

イリアに無垢な少女のような笑顔が戻った。
それから少しして、シャアは夢の中に引き込まれていった。
イリアは、やさしくシャアの髪をひとなですると、着座シートを倒し、自分の
着ていたジャケットを脱ぎ、彼の胸元にそっと掛けてあげた。
それは彼女の体温が残るせいか、まるで春の日差しの中で寝ているような心地
よさをシャアは感じるのだった。
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